カンボジア・シェムリアップの事件についておもったこと

 

事件があってから、自分の中での消化に時間がかかっており、友人知人にも話せていなかったのですが、やっと言語化できるくらいになってきたので、記して置こうと思います。

カンボジア・シェムリアップでおきた、日本人による現地タクシー運転手の強盗殺人事件についてです。

 

https://www.fnn.jp/posts/00414436CX

 

私は2017年から2018年のあいだにカンボジアに4回入国しており、そのうち3回シェムリアップに訪れています。

 

はじめてシェムリアップを訪れたのは2年前の今頃で、当時は私生活の人間関係で疲弊していて、人と関わることよりもひとりで実行できること、ひとりで考えて決める範囲をもっとひろげようと思ったのがきっかけでした。

それ以前にも、ひとり旅と称してハノイや上海に訪れたことがありましたが、ひとりで旅程を考えて場当たり的に行動をしたのは、シェムリアップが初めてだったと思います。

 

シェムリアップは、首都プノンペンと比べると都会的な場所ではありませんし、日本からの直行便がないので他の東南アジアの都市に比べればやや便の面で不都合を感じることもあるかもしれません。隣国のタイやベトナムに比べるとカンボジア料理もそんなに馴染みがないように思います。

だけど、そんなこともちっぽけに思えるくらいにはアンコール・ワットはじめアンコール遺跡群から感じる生命力はすさまじく、圧巻です。

それにあわせて、アンコール遺跡群に向かう道をトゥクトゥクで駆け抜ける風だとか、移動中に食べる地元のおばちゃんが作るおいしいクロラン、移動疲れを忘れさせるパブストリートで飲むアンコールビール、「スオスダイ、ソクサバイ?」なんて覚えたてのクメール語での交流だったり、どれもこれもシェムリアップは唯一といっていいほど最高のものが揃ってると思います。

 

遺跡でいうと、天空の城ラピュタのモデルとなったといわれる、ベンメリア遺跡が個人的には大好きです。

だいぶ稚拙な文章にはなってますが、こちらの記事で書いてますので、興味あればみていただけますと...

 

自分が「日本人だから」「女性だから」なんて主語で括られるのがいやで、彼らに対しても「カンボジア(クメール)人だから」なんて言い方はしたくないので慎重に言うのですが、少なくとも私がシェムリアップで現地の人とコミュニケーションをとる中で嫌な思いをしたことは一度もありません。

ゲストだからなのか、日本人だからなのか、女性だからなのか、そうなのかもしれないですし、私の当時の状況もあるので補正がかかってるかもしれないです。

ただ私は一番自分が弱っているときに、掛け値なしにそばにいてくれたシェムリアップの人たちに今でも感謝していますし、私にそんな転機をあたえてくれたアンコール遺跡群があるシェムリアップという場所が大好きだということだけです。


そんな思い入れのある場所であんなことがおこり、現地の友人が Facebook でこのニュースをシェアしているのを見ると、なさけないというかやるせないというか、怒りなのか悲しみなのか恥なのか、よくわからない気持ちに苛まれます。

ニュースで亡くられたタクシー運転手や遺族の方を拝見して、余計にその気持ちが増しました。

またタクシーの運転手という職業に関しても、鉄道のないシェムリアップにおいては珍しくない職業で、観光産業が主ですので不特定多数の外国人が利用する手段です。

私にはトゥクトゥクドライバーの友人がいるので、亡くなった運転手についても友人知人の可能性だってあるし、もっといえば、その友人が巻き込まれていたかもとか、今後そんなことが起こりうるかもしれないと思って気持ちが落ち込みます。

 

彼らにそんなことが降りかからないとしても、最初はボラれたけどその後意気投合(?)して無償で遺跡案内してくれたあのトゥクトゥクドライバーの青年とか、「髪きれい!彼氏いるの?どんな人?」って質問ぜめのスパの女の子とか、夜コンビニ前のベンチでアンコールビール飲みながら日本とカンボジアの文化の違いについて話してた現地の若者とか、現地の人と私のささやかな思い出に薄暗いモヤがかかっているような気分です。

 

 

その地に行くことが一番と昨年までは思っていたのですが、旅も寄付も募金もどれも今の自分の気持ちを表現するにはいまいちしっくりきていません。もちろん、募金や寄付も考えていますが、多数立ち上がっている募金先の選定にまだまだ時間がかかりそうなのと、募金や寄付をして整理がつくような話ではないからです。

 

「じゃあ何をするのよ」の質問にはまだ答えられそうにないです。ずっと考えてるかもしれないですが、いったん言葉としてこのブログに記しておきます。